ガム(改正版)
この物語の登場人物は三人
数奇な、けれどよくある話
彼らはその物語の主人公である
一人目の名はジョージ
二人目の名はセルモンテ
三人目の名はアンナ
彼らは出会い、そして別れ、結ばれるものもあれば、二度と会うことのない者もいる
彼らは近くにいながらお互いを知ることのない
陳腐な出会いと別れを繰り返しただけ
けれど人とはそういうものじゃないかと
私は思います
ジョージ・ウィリアムズは証券会社に勤める26歳
朝は必ずカールス・パビリオン駅の3番プラットフォームから1番フォームへと乗り換える
乗り換えの時間はいつも忙しいので階段はいつも2段飛ばしで進む
セルモンテ・マンは隣街のサーカスでピエロを勤める31歳
サーカスが休みの月曜日だけこの街に遊びに来て、喫茶店やら居酒屋を回っていた
好きなものは日本製のガムだ
アンナ・ニコラスバーグは22歳
ラインテレー通りのバーで叔母の手伝いをしている
好きなお酒はラムで、朝起きたとき一口だけ口に含むその瞬間を大切にしている
その日ジョージはカールス・パビリオン駅の三番フォームの階段をのぼっていた
ふと靴の裏についたガム
彼は嫌な気分になり階段の角でガムをこすりとった
充分にとれると彼は急いで階段をかけあがった
しかし急ぎ過ぎたせいか彼は階段の上で人とぶつかってしまう
ジョージは詫びてその女性に手をのばすが
どこか打ったのか彼女は涙目で動こうとしない
焦ったジョージは病院まで付き添いますと言うと
言うが早いか彼女をひょいと持ち上げた
のちに彼らは結婚することになるが
これがジョージとアンナのはじめての出会いとなるのであった
その二年前セルモンテは大きくふくらむ自国製のガムが好きだった
と、それ以上に彼には好きなガムがあった
彼女がふくらますガムだ
彼女のふくらましたガムはうっすらラムの匂いがして
それを眺めると彼はとてつもなく満たされた気分になるのだった
彼女の名はアンナ
セルモンテの恋人だった
その二年後のある月曜日
アンナはカールス・パビリオンの駅でセルモンテと立っていた
セルモンテはいつものように自国製のガムを噛んでいた
アンナは彼がこれから何を言うのかわかっていた
セルモンテはこの少し前に日本のサーカス団に引き抜かれることが決まっていた
だからアンナはこれが最後になることがわかっていた
離別することはこの日の前に話し合ったことだ
長い沈黙のあと、二人は長いキスをした
なんということのないキス
アンナはセルモンテのガムを彼の口の中でもてあそび
セルモンテはそれにゆったりと応えるだけだった
電車のアナウンスが鳴った
気付けば唇は離れていた
気付けばセルモンテはそこにいなかった
アンナは自分が泣いてることにまだ気付かない
セルモンテは急いで3番フォームへの階段をくだり
彼女のラムの香りがするガムを吐き捨てた
次に日本製の珍しいガムを取り出し口にふくんだ
知らない香りが彼の口の中に広がった
その横を背広の男が走り抜けていく
彼は、その男を知らない
もちろんその男も、彼を知らない
世には多種多様な別れが所狭しと広がって
彼と彼女はついさっき最後のキスをして
永遠に別れた
男が踏んだガムに残った唾液は、まだ彼女の中にも残っている
このガムに残ったかすかなラムの香りも、まだ彼女の中にも残っている
どんなに剥ぎ取っても靴の裏にはガムを踏んだ跡がずっと残っているように
彼はこのときの彼女の口の中にとある男の跡が残っていることを、永遠に知ることはなかった
いかがだったろうか
この物語の登場人物は三人
陳腐な、出会いと別れの話だった
彼らの場合は三人
あなたと誰かの物語には
登場人物は何人いるだろう?
もしかしたらあなたは
私ともすれちがっているかもしれない
所詮人とはそういうものじゃないかと
私は思います
数奇な、けれどよくある話
彼らはその物語の主人公である
一人目の名はジョージ
二人目の名はセルモンテ
三人目の名はアンナ
彼らは出会い、そして別れ、結ばれるものもあれば、二度と会うことのない者もいる
彼らは近くにいながらお互いを知ることのない
陳腐な出会いと別れを繰り返しただけ
けれど人とはそういうものじゃないかと
私は思います
ジョージ・ウィリアムズは証券会社に勤める26歳
朝は必ずカールス・パビリオン駅の3番プラットフォームから1番フォームへと乗り換える
乗り換えの時間はいつも忙しいので階段はいつも2段飛ばしで進む
セルモンテ・マンは隣街のサーカスでピエロを勤める31歳
サーカスが休みの月曜日だけこの街に遊びに来て、喫茶店やら居酒屋を回っていた
好きなものは日本製のガムだ
アンナ・ニコラスバーグは22歳
ラインテレー通りのバーで叔母の手伝いをしている
好きなお酒はラムで、朝起きたとき一口だけ口に含むその瞬間を大切にしている
その日ジョージはカールス・パビリオン駅の三番フォームの階段をのぼっていた
ふと靴の裏についたガム
彼は嫌な気分になり階段の角でガムをこすりとった
充分にとれると彼は急いで階段をかけあがった
しかし急ぎ過ぎたせいか彼は階段の上で人とぶつかってしまう
ジョージは詫びてその女性に手をのばすが
どこか打ったのか彼女は涙目で動こうとしない
焦ったジョージは病院まで付き添いますと言うと
言うが早いか彼女をひょいと持ち上げた
のちに彼らは結婚することになるが
これがジョージとアンナのはじめての出会いとなるのであった
その二年前セルモンテは大きくふくらむ自国製のガムが好きだった
と、それ以上に彼には好きなガムがあった
彼女がふくらますガムだ
彼女のふくらましたガムはうっすらラムの匂いがして
それを眺めると彼はとてつもなく満たされた気分になるのだった
彼女の名はアンナ
セルモンテの恋人だった
その二年後のある月曜日
アンナはカールス・パビリオンの駅でセルモンテと立っていた
セルモンテはいつものように自国製のガムを噛んでいた
アンナは彼がこれから何を言うのかわかっていた
セルモンテはこの少し前に日本のサーカス団に引き抜かれることが決まっていた
だからアンナはこれが最後になることがわかっていた
離別することはこの日の前に話し合ったことだ
長い沈黙のあと、二人は長いキスをした
なんということのないキス
アンナはセルモンテのガムを彼の口の中でもてあそび
セルモンテはそれにゆったりと応えるだけだった
電車のアナウンスが鳴った
気付けば唇は離れていた
気付けばセルモンテはそこにいなかった
アンナは自分が泣いてることにまだ気付かない
セルモンテは急いで3番フォームへの階段をくだり
彼女のラムの香りがするガムを吐き捨てた
次に日本製の珍しいガムを取り出し口にふくんだ
知らない香りが彼の口の中に広がった
その横を背広の男が走り抜けていく
彼は、その男を知らない
もちろんその男も、彼を知らない
世には多種多様な別れが所狭しと広がって
彼と彼女はついさっき最後のキスをして
永遠に別れた
男が踏んだガムに残った唾液は、まだ彼女の中にも残っている
このガムに残ったかすかなラムの香りも、まだ彼女の中にも残っている
どんなに剥ぎ取っても靴の裏にはガムを踏んだ跡がずっと残っているように
彼はこのときの彼女の口の中にとある男の跡が残っていることを、永遠に知ることはなかった
いかがだったろうか
この物語の登場人物は三人
陳腐な、出会いと別れの話だった
彼らの場合は三人
あなたと誰かの物語には
登場人物は何人いるだろう?
もしかしたらあなたは
私ともすれちがっているかもしれない
所詮人とはそういうものじゃないかと
私は思います
